
はじめに:相続でもめる家庭は決して珍しくない
相続と聞くと、「うちは仲がいいから大丈夫」と思う方も少なくありません。しかし実際には、相続をきっかけに長年の家族関係がこじれてしまったり、疎遠になってしまうケースは珍しくありません。
国税庁や家庭裁判所の統計でも、遺産分割に関する調停や審判は年間1万件以上行われており、その背景には「事前準備の不足」「情報の非共有」「感情のすれ違い」などがあります。
相続のトラブルは、必ずしも資産が多い家庭だけで起こるわけではありません。むしろ、資産規模が小さくても、情報不足や意思疎通不足が原因で深刻な対立に発展することもあります。本記事では、典型的な相続トラブルの原因を整理し、それぞれに有効な対策を具体的に解説します。
典型例①:遺言書がないまま相続が発生
遺言書がない場合、遺産分割は法定相続分をもとに話し合い(遺産分割協議)で行います。しかし、相続人の人数が多かったり、意見が割れたりすると、話し合いが長引きやすくなります。
また、「故人はこう言っていた」という主張が相続人ごとに異なり、感情的な対立に発展することも多いです。遺言書があれば故人の意思が明確になるため、分割の方針が定まりやすく、争いの防止につながります。
典型例②:遺産内容が不明瞭・資産が偏っている
故人の資産がどこにどれだけあるのか不明確な場合、相続人の間で「隠しているのでは?」という疑念が生まれます。特に、現金や預金、不動産の名義や場所、株式・投資信託などの有価証券は見えにくく、調査に時間と労力がかかります。
また、資産の種類が不動産に偏っている場合、分割方法が限られ、不公平感を生みやすくなります。
典型例③:相続人間の関係が悪化している
兄弟姉妹や親族間で日頃から交流が少ない、もしくは過去の出来事で感情的な溝がある場合、相続をきっかけにその対立が顕在化します。
「昔から不公平だった」「自分だけ苦労した」などの感情が、遺産分割の場で噴き出すことも少なくありません。この場合、法的な解決だけでは根本的な感情の対立は解消されにくく、話し合いが難航します。
典型例④:不動産など分割しにくい資産の存在
遺産の多くを不動産が占める場合、単純に分割することが難しいです。土地や建物は現物で分けるのが困難で、売却して現金化する(換価分割)か、一部の相続人が取得して他の相続人に代償金を支払う(代償分割)方法を取る必要があります。
しかし、売却価格や代償金額に納得できないと、合意形成が難しくなります。さらに、不動産の評価方法や活用方針でも意見が割れやすくなります。
典型例⑤:特定の相続人に生前贈与が偏っている
生前に特定の子や親族に多額の援助や贈与を行っていた場合、他の相続人が不公平感を抱きやすくなります。住宅取得資金の贈与や事業資金援助、教育費などが該当します。
相続の際には「特別受益」として持ち戻し計算を行うことがありますが、証拠がない場合は認定が難しく、かえって不信感が高まることもあります。
対策①:遺言書の作成とエンディングノートの活用
相続トラブルを防ぐ最も確実な方法の一つが遺言書の作成です。特に公正証書遺言は法的効力が高く、紛争予防に有効です。
遺言書では、遺産の分け方だけでなく、その理由や思いも添えることで、相続人の理解を得やすくなります。
また、遺言書だけでなくエンディングノートを活用し、資産の一覧や預金口座、不動産の権利証の所在、保険契約、葬儀の希望などを記録しておくと、相続人の負担が大幅に減ります。
対策②:資産の棚卸と生前の共有
資産の棚卸とは、現時点で保有しているすべての財産を洗い出し、その価値や所在を明確にする作業です。
これを生前に家族と共有することで、相続発生時の混乱を防ぐことができます。資産内容が透明化されれば、「隠しているのでは?」という疑念をなくす効果もあります。
また、不動産の評価や分割の方法についても、元気なうちに話し合いの場を持つことで、相続人の意向を尊重した形で準備を進められます。
まとめ:「感情のもつれ」は情報と対話で防げる
相続トラブルは、財産の多寡よりも「感情」と「情報不足」が原因で起こります。遺言書やエンディングノートで意思を明確にし、資産の棚卸と共有で透明性を確保することが、もっとも効果的な予防策です。
特に、分けにくい不動産や偏った生前贈与などは、早めの話し合いと記録が不可欠です。
相続は「家族の未来」に関わる重大な出来事です。残す側も受け取る側も、互いの信頼を守るために、情報と対話を大切にしながら準備を進めましょう。