
はじめに
投資において、必ずしも毎回利益が出るとは限りません。時には値下がりや売却損によって赤字になることもあるでしょう。
しかし、その「損失」を有効に活用する方法があることをご存知でしょうか。それが「損益通算」と「繰越控除」です。
これらの制度を理解し、正しく手続きを行うことで、翌年以降の税負担を軽減したり、払いすぎた税金を取り戻すことが可能になります。
1. 損益通算とは?利益と損失を相殺する仕組み
損益通算とは、異なる投資商品から発生した「利益」と「損失」を相殺(通算)して、課税対象となる所得を減らすことができる制度です。
たとえば、株式投資で50万円の利益が出た一方で、別の銘柄で30万円の損失が出ている場合、この2つを相殺して「20万円」が課税対象になります。
ただし、損益通算が可能なのは「同じ課税区分」内に限られており、主に以下のようなケースが該当します。
- 上場株式・ETF・投資信託などの譲渡益と損失
- 上場株式等の配当所得(申告分離課税を選択した場合)
- 公社債やMMFなどの売買による損益
一方、課税区分が異なる以下のような所得とは原則として通算できません。
- FX(外国為替証拠金取引)の損益(雑所得)
- 不動産所得や事業所得
- 雑所得に区分される副業収入など
また、通算しきれなかった損失がある場合には「繰越控除」の制度を使うことで、翌年以降の利益から損失分を差し引くことができます(最大3年間)。
たとえば、2025年に40万円の損失があり、2026年に30万円の利益が出た場合、繰越控除によって課税対象をゼロにすることが可能です。ただし、この制度を利用するには毎年欠かさず確定申告を行う必要があります。
2. 特定口座・一般口座それぞれの扱い方
投資に使う証券口座には、大きく分けて「特定口座」と「一般口座」の2種類があります。さらに、特定口座には「源泉徴収あり」と「源泉徴収なし」の2パターンが存在します。
それぞれの特徴は以下の通りです。
- 特定口座(源泉徴収あり)
証券会社が税金を自動で計算・徴収してくれるため、原則として確定申告は不要です。ただし、損益通算や繰越控除などを活用したい場合は、別途確定申告が必要になります。 - 特定口座(源泉徴収なし)
証券会社が年間の損益を計算して「年間取引報告書」を発行しますが、税金の納付や確定申告はすべて自分で行う必要があり、確定申告が必要です。 - 一般口座
年間のすべての取引について自分で損益を計算し、申告・納税を行う必要があります。初心者には非推奨ですが、未上場株や一部の特殊な取引では一般口座しか選べないこともあります。
基本的には「特定口座(源泉徴収あり)」を使い、税務処理の手間を抑えつつ、節税を狙いたいときだけ確定申告を行うスタイルが現実的です。
3. 必要書類と確定申告の流れ
損益通算や繰越控除を活用するには、正しく確定申告を行う必要があります。そのために用意すべき書類と手続きの流れは以下の通りです。
- 年間取引報告書(証券会社から届く)
- マイナンバーカード・ICカードリーダー(e-Taxで申告する場合)
申告期間は原則として「翌年の2月16日〜3月15日」。この期間を逃すと、損益通算や繰越控除の権利を失うことになるため、早めの準備が不可欠です。
4. 申告し忘れた場合の影響と対処法
損益通算や繰越控除は、確定申告を行ってはじめて適用される制度です。もし申告を忘れてしまうと、その年の損失はなかったものとされ、繰り越すこともできません。
しかし、申告期限から5年以内であれば、「期限後申告」や「更正の請求」という方法で後から手続きをやり直すことが可能です。
ただし、書類の準備や内容の正確性が求められるため、不安がある場合は税務署または税理士に相談するのが確実です。
5. 株・投資信託・FXなど商品別の違い
損益通算や繰越控除の可否は、投資商品の種類によって異なります。制度の恩恵を最大限に受けるには、それぞれの税区分を理解しておくことが不可欠です。
- 株式・ETF・上場投資信託:申告分離課税に分類され、損益通算・繰越控除の対象です。
- 非上場投資信託:総合課税扱いとなることがあり、その場合は他の申告分離課税商品との通算はできません。
- FX(外国為替証拠金取引):雑所得扱いで、同じ雑所得内(他のFX取引など)での通算は可能です。
- 仮想通貨:雑所得に該当しますが、繰越控除ができず、同じ年の雑所得との通算しかできません。
このように、商品ごとに適用される課税ルールが違うため、投資先の選定だけでなく、税制面での戦略も重要になります。
6. 損益通算を見据えたポートフォリオ戦略
損益通算は単なる「確定申告時の対応」にとどまりません。むしろ、ポートフォリオ設計の段階から意識するべき戦略的要素です。
以下のような考え方を取り入れることで、節税を前提とした運用が可能になります。
- リスクが高い商品(損失が出やすい投資)は、通算可能な特定口座や課税口座で運用する
- 安定的に利益が見込める商品は、NISAやiDeCoなどの非課税口座で運用する
- タックスロス・セリング(年末に意図的に損失を確定させて通算)を活用して節税を図る
このように、税金を考慮した投資判断を行うことで、「最終的な手取りリターン」を最大化できます。
まとめ:「マイナス」から利益を引き出す賢い投資家になろう
損失が出ると、多くの人は落胆します。しかし、損益通算や繰越控除の制度を活用すれば、その損失は未来の節税材料となります。これは決して「失敗」ではなく、戦略的に損失を活かすという選択です。
投資で成功するには、利益を追い求めるだけでなく、「損の取り扱い方」を知っておくことが重要です。税制の仕組みを理解し、それを味方につけることで、トータルリターンを最大化できるからです。
制度を正しく理解し、柔軟に活用する姿勢こそが、真に賢い投資家の証。損失を恐れず、学びと節税の機会に変えていきましょう。